5-9 履行に着手とは・具体的な事例

着手

民法557条では、手付が交付された場合、当事者の一方が「履行に着手」するまでは、買主は手付放棄、売主は手付倍返しによって契約解除ができる旨を定めています。

一方が「履行に着手」した後は、もはや手付解除をすることは出来ませんので、通常は違約金を支払って合意解約をすることになります。

売買の基礎知識4-5『手付解約特約

『履行に着手』とは、どういう行為を指すのか

「契約の履行に着手する」とは、債務者が客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部を行い、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をすることをいい、履行期前にした行為がこれに当たるか否かについては、当該行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・目的等諸般の事情を総合考慮して決すべきである。と、過去の判例では判示されています。

下記に判例を幾つか示しますが、取引が完全に同じ事情ということはないでしょうから、参考程度にしてください。

【売主側】の履行の着手に当たると判断されたもの

①賃借人の居住する家屋の売買で、契約後間もなく、賃借人に家屋の明渡しを求めたもの。(最高裁s30.12.26)

②他人の不動産の売買で、代金を支払い、他人より権利を取得し売主名義に所有権移転登記したもの。(最高裁s40.11.24)

③農地の売買で、売主と買主が連署して農地法の許可申請を提出したもの。(最高裁s43.6.21)

④山林の売買で、売主と買主が連署して国土法の届出を提出〔契約日の翌日〕したもの。(神戸地裁H4.2.28)

⑤契約上、売主の義務として定められていた売買物件の境界画定作業(買主の費用で行ったもの)をしたもの。転居先である事務所の3階のリフォーム工事に着手したことも、履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたものということもできるとした。(東京地裁H21.9.25)

⑥契約上、物件に対する抵当権等の担保権及び賃借権等の用益権その他被告の完全な所有権の行使を阻害する一切の負担を消除する義務を負担していた売主が、売買物件の賃貸借契約を解消したもの。(東京地裁H21.10.16)

⑦契約上、抵当権を消滅させて、完全な所有権を移転する義務を負っていた売主が、売買物件についていた抵当権を抹消したもの。(東京地裁H21.11.12)

⑧売主業者が、買主の合意の下で買主名義の建物表題登記をしたもの(東京地裁H25.4.18)

⑨売主が、登記移転や抵当権抹消の各手続を行うための準備をして、決済日に、土地の登記簿謄本、印鑑証明書、所有権移転登記手続等のための委任状、測量図面、国税の精算書、資格証明及び領収書等を準備して、決済場所に赴いたもの(東京地裁H25.9.4)

【売主側】の履行の着手に当たらないと判断されたもの

①売主が売買物件の鍵を交付したもの〔引渡しの趣旨ではない。契約日当日の行為であり解約手付の趣旨に背理〕(東京地裁H20.6.20)

②売主が司法書士への登記手続を委任したもの(東京地裁H17.1.27)

【買主側】の履行の着手に当たると判断されたもの

①家屋の買主が、約定の明渡期限後しばしば明渡を求め、いつでも残代金の支払いをできる状態にあったもの(最高裁s26.11.15)

②賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に明渡しをさせて、売買契約後約3、4ヶ月以内に引渡す約定があった場合において、賃借人に明渡しをなさしめて家屋の引渡しをすべきことを督促し、その間、常に残代金を用意し、いつでも支払える状態にあったもの(最高裁s30.12.26)

③農地の売買で、履行期後に、売主に対し、しばしば履行を求め、いつでも支払えるように残代金の準備をしていたもの(最高裁s33.6.5)

④建物売買で、履行期後、買主が終始明渡しを要求し、残代金を即時支払いうる状態であったもの(最高裁s40.12.14)

⑤履行期を妻の病状が回復した時等とした売買で、買主が履行期の指定を督促したが、売主がそれに応じないので、買主が預金通帳を示し、また小切手を持参し、履行を督促したもの(最高裁s41.1.21)

⑥契約締結後に代金の一部支払ったもの(京都地裁s42.3.7)

⑦売主が契約直後、履行の意思を放棄し履行の催告に応じない場合に、買主が残代金の支払の準備をし、履行を催告したもの(東京地裁s47.6.29)

⑧履行期の定めがない農地の売買で、契約締結後、相当期間経過後に残代金支払の準備をし、履行を督促したもの(奈良葛城支裁s48.4.16)

⑨賃借人の居住する土地建物の売買で、履行期後に、建物の引渡し・所有権移転登記の訴訟を提起するとともに、残代金を現実に提供したもの(最高裁s51.12.20)

⑩農地の売買で、農地法の許可がされる前の残代金の提供をしたもの(最高裁裁s52.4.4)

⑪買主が転売のために行った土地の整備と転売契約の着手〔売主も転売を知っていたので、売主の手付倍戻し解除との関係で公平の観点から履行の着手に当たる〕(東京地裁H.9.29)

【買主側】の履行の着手に当たらないと判断されたもの

①代金の支払の用意をせずに履行の催告をしたもの(東京地裁s39.12.22)

②買主が、転売のために行った転売契約の締結〔売買契約締結の2日後〕、分筆のための測量をしたもの〔売買契約締結と同日〕〔買主の損害が手付倍戻し額を超えても甘受すべきものとした〕(福岡高裁s50.7.9)

③不動産業者である買主が、転売のために行った土地の整備と、転売契約に着手したもの〔売買契約締結前の行為〕(東京高裁H3.7.15)

④売主の住宅買換え資金調達のための土地建物の売買で、最終履行期を契約締結から約1年10ヶ月後にしている場合に、買主が土地の測量をし〔契約直後〕、あるいは残代金の準備をして口頭の提供をしたうえで売主に履行の催促したもの〔最終履行期の1年以上前〕(最高裁H5.3.16)

⑤買主の金融機関への融資の申込み(東京地裁H20.7.31)

不動産適正取引推進機構のHPへ
2010年10月号 履行の着手についての考察
東京地裁H21.9.25 境界画定は売主の履行の着手に当たるとした事例
東京地裁H21.11.12 売主が不動産に設定した抵当権を消滅させるために借入金の全額を返済した行為は、履行の着手に当たるとされた事例
東京地裁H25.4.18 売主が買主名義の建物表題登記を行ったことが履行の着手に当たるとした事例
東京地裁H25.9.4 売主に履行の着手があったとして、買主の手付解除を認めなかった事例
不動産適正取引推進機構のHPへ
最高裁H5.3.16 買主が履行期前にした土地の測量及び履行の催告が民法557条1項にいう履行の着手に当たらないとされた事例

改正民法の規定

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